津波で家も思い出の品も無くしてしまった選手くんたちへ・・・お年玉!(支援金)

今日は、午前2時起き、3時過ぎ出発で、中央道→首都高→東北道をかっ飛ばして、宮城県に来ました! with 女神☆ 女神は2時50分ごろ起こしてパジャマのまま車に乗り込んでそのまま毛布かぶって爆睡っ(^。^;) 

東京→埼玉→群馬→栃木→福島と走って、安達太良SAで一時休憩。30分ほど休んで再び出発。

安達太良SAでの写真…

途中、雪も散らついてました。

だんだん夜が明けていって…

 

 

 

 

 

 

太陽が昇ってきた。

宮城に入り、一度高速降りて、前にも来た仙台の若林区荒浜に再び行ってみました。

学校かなぁ。窓に〝七郷の美しい風景は私たちが取り戻す!〟っていう力強い言葉が書いてありました。

 

 

 

 

 

 

目に飛び込んでくる風景は、とても悲しいものでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから三陸道を走って石巻へ移動し、石巻シニア、石巻中央シニアを順番に訪問。さらに東松島市に移動して東松島シニア、三陸道にて仙台方面に向かい、新年会中の七ケ浜シニアと少年野球チーム。その近くで新年会をしていた塩釜中央シニア、塩釜リトルを訪ねました。

今回は津波で家も思い出の品も無くしてしまった選手くんたちに、ママ記者野球基金からお年玉をお渡しすることが目的。お年玉とはいっても…支援金です。

被災地を歩いて感じること、被災してしまった方々から聞こえてくることの一つが、経済的な苦しさ。行政からの負担は本当にびびたるもので、今まで持っていたものをまた買いそろえるなんてことはとてもできません。

野球道具はいろんな方の支援でそろってきたけど、それ以外のものがそろわない、今までお小遣いで買ってきたもの、親に買ってもらって大事にしてきたものを、また揃えることができないって。

被災地は冬になって、ほんと寒いけど、昨年まで着ていたダウンやらジャンバーやらも流されてしまってないけど、タンスを開けて、さぁ、昨年着てた厚手の洋服を出すか~ってことができないんですから。。。

多くの人が赤十字などに寄付してくれてるし、いろんな野球の団体が義援金を集めて被災地に送ったりしているけど、そのお金は、なかなか末端の個人にまでは行き渡りません。

たとえばシニアの連盟でも1000万円の義援金を集めて東北連盟に送ったけど、それが津波で家が全壊してしまった選手個々の手に渡ることはありません。

野球をやるための道具ももちろん必要。野球をやるグランドも必要。でも、それ以前に、普通に生活していくためのお金がなければ野球どころではないんです。

なので、今回は、大きな被害を受けてしまった選手たちへ、またその家族へ1万円ずつの義援金を持っていきました。形上は選手くんにお年玉として渡しましたが、チームの方にも親御さんにも「これで必要なものを買ってください。全国の皆さんが善意で出してくださったものです。野球道具でも、勉強道具でも、本でも…」

本当は商品券や図書券にしようかとも思いましたが、やはり、人それぞれ必要なものが違うだろうということで、そのままお金で渡しました。一人一人に、どういう方々からいただいて、どういう思いが詰まっているかもお話ししたので、きっと何かを感じながら受け取ってくれたんじゃないかと思います。

もう一つ、グランドが流されてしまったり、グランドが使えなくなってしまったりして練習がままならないチームへ再び支援金をお渡しすることも目的。

ボールやバットなどはほぼそろってきたようですが、バッティングマシーンが流されてしまったチームが結構あるんですが、それは5万やそこらで買えるものでもなく、再び買うことができず思うような練習ができない日々が続いています。

以前、伺ったときも、その足しになるようにと義援金をお渡ししてきましたが、今回もまた沿岸部の被災チームにお渡ししてきました。

今日は5カ所8チーム、あちこち歩く合間に、海沿いの壊滅状態の場所もみたし、瓦礫の山をみた、焼けこげた学校もみた、使えなくなった病院もみた。そして仮設住宅もみました。あそこで暮らしてる球児くんもたくさんいるんですね。狭いだろうなぁ。寒いだろうなぁ。

今日は、私のこの活動に賛同し、協力をし始めてくださっているマルハンという会社の仙台東支店の店長さんが同行してくださいました。私とともにいろんなチームをまわり、今現在の被災地の状況を、私とともに監督やコーチ、選手たちからも聞いて歩きました。

岡田店長さん、こんな感想を述べておられました。

「もう、支援の手はほぼ行き渡っているのかと思ったら、そうじゃないんですね……。今日一日歩いていて、まだまだ足りないということがよくわかりました。グローブやバット、ボールといった道具はもう足りていることもわかりましたし、逆に、グランドがないとか、グランドが瓦礫置き場などになってなくなり、練習するのにみんなで移動しなければ練習ができないということもわかりました。野球をやるためには、なんといっても資金がないとできないんですね。合宿費や遠征費、そういったところでの支援や、また仮設で暮らす子供たちへの経済的支援などを考えていかないといけないんだなと感じました」

今も、引き続き、ママ記者野球基金に寄付してくださる方もいらっしゃいますが、当然のことながら、日に日にその額は少なくなってきます。私自身も自分の財布から出してはいるものの、被災地救援のためには資金が足りないな…と思っていたところ、マルハンさんの協力を今後得られそうな展開。とてもありがたいです。

今回の、被災地への義援金も、全国の皆さんのご協力と、リソー教育グループ・トーマスからの支援もあったからこそできたものです。この活動当初はパナソニック、その後、リーブコーポレーション、トーマス、そして今回マルハンと、末端への支援に協力してくださる企業が出てきていることはとても嬉しくありがたいです。

明日も周りますが、今回ではまだまだまわりきれないところがたくさんあると思うので、皆さんからの「あそこがまだ大変そうだよ」「あのあたりの子供たちが大変だよ」という情報を聞きながら、地道にまわっていこうと思っています。

以下、写真です!

◆◆石巻シニア◆◆

(準備中)

◆◆石巻中央シニア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆東松島シニア◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(準備中)

◆◆七ケ浜シニア&七ケ浜の少年野球3チーム(七ケ浜ヤンキース他)◆◆

七ケ浜シニアは新年会をしているところにお邪魔しました! 宮城の中でも被災が大きかった七ケ浜。家が全壊してしまった選手くん、半壊してしまった選手くん、家は大丈夫でも身内は親せき、知人を亡くしてしまった選手くん…

でも、だいぶ時が過ぎ、落ち着いてきているようです。昨夏はチーム一丸、シニアの全国大会にも出場しました!

全壊してしまった選手くんたちにはお年玉(義援金)をお渡しし、チームにも支援金をお渡しし、あとは、プロの選手くんからもらったグッツや大学生からもらったグッツなどを広げて王様ジャンケンで奪い合いです!笑 

明治で日本一になり広島にドラフト1位指名された野村祐輔くんからもらったサイン入り明治帽子、壮絶なジャンケンの末、こちらの選手くんがゲット!(名前聞いてくるの忘れたっ!(o≧ω≦)o) この帽子は貴重でっせ~!!

 

 

 

 

 

 

年も変わり、気持ち新たに「今年も頑張るぞ!」と選手たち(^^)

 

 

 

 

 

 

会場には七ケ浜の少年野球チームの監督さんや保護者の方も来ていました。話しを聞けば、少年野球チームの選手くんたちも大きな被災を受けていると。こちらにも支援金をお渡ししました。

3チームで10人近い選手くんの家が津波で全壊。未だグローブももらった古いものを使っていて新しいものが買えていないしもらってもいない…というのでトランクに積んでいた軟式グラブ3つC球2ダースをお渡ししました。グラブが足りなかったので、後日、道具をおいてある私の実家からお送りします!

◆◆塩釜中央シニア&塩釜リトル◆◆

塩釜中央シニアと塩釜リトルも合同での新年会。そこにお邪魔させていただきました!

ちょうど、OBが成人式を前に挨拶しに来ているところ。リトル時代やシニア時代の思い出を語ったり、20歳の決意を語っているところでした!

 

この後、私をご紹介いただき、恐縮ながら檀上にて挨拶させていただきました。そして、これまでのチームと同じように、全壊してしまった選手くんたち、チームに義援金をお渡ししました。シニアも大変でしたが、塩釜リトルは海沿いにグランドがあり、すべて流されてしまったので本当に大変だったそう。もちろん塩釜リトルにも義援金お渡ししました。

このチームは、昨秋、山形の酒田の大会で会ったとき、選手たちが「キャッチャー具がなくなっちゃったんです…」と言っていたので、上尾シニアのお父さんからご提供いただいていたキャチャー具一式をお渡ししました。

部員も多くなってきて、「もう一つミットがあればありがたいです……」と監督さんからお話しをいただいていたので、以前、パナソニック野球部からの支援金で購入したミットもお渡ししました。檀上で簡単な贈呈式をさせていただきました!

キャッチャー具は、同じシニアの仲間、上尾シニアのお父さんからですよっ!(^^) そして、もう一つのミットはパナソニックからです! 大事に使ってくださいね!(*^^*)

他に、ドラフト会場限定販売の、超レアなあの〝ドラフトティッシュボックス〟も持っていきまして、みんなで王様ジャンケンで奪い合ってもらいましたっ 12枚に1枚、〝交渉権確定〟の印字がしてあるこのティッシュボックス、こういうときのために、ドラフト会場で買いだめしておいたのさ~(^。^;) 笑  

この贈呈したときの写真は、私自身が檀上にいたので撮れませんでしたっ 同行していたマルハンの岡田さんが撮っていてくれたらご提供いただいてブログで紹介できるかもしれませんっ あ、あと、塩釜中央シニア&塩釜リトルの集合写真も撮るの忘れた~(o≧ω≦)o 

さて、こちらの会場を後にすると、塩釜中央シニアの佐々木監督が公民館の出口まで送ってくださいました。佐々木監督は、津波でご両親とも亡くされています。「二人いっぺんにいっちゃうと、ほんと大変です。こんなにも大変なのかというぐらいで…」 

本当は野球どころではないのかもしれません。でも、選手たちの前では明るく元気に振る舞う佐々木監督、なんだか痛々しかったです。。。