さっき、母がこんな投稿をしていたので、ぜひ読んでいただけたらありがたいです。
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20代の頃「生きるとは」「死とは」なんぞやと真剣に考えた時期がありました。その後は生活することにいっぱい、いっぱいであまり考えることもなく暮らしてきました。年をとり、母の死を目の当たりにしたとき、また「人生の最期はどうあるべきか」を考え始めました。
何でも自分でやっていた母が病院のベッドに縛り付けられて(表現は悪いですが)生きる希望を失い、自ら生きる努力をやめたように思えた時、私だったらどうしただろう?と考えました。
「治って、また元の生活に戻れる」という未来があるから頑張れる! 病院のベッドの上で、歩けなくならないように足を動かし、手が動かなくないように編み物をする姿を何度も見ました。だんだん弱っていく母は、それでも頑張って生きようとしていました。
病院は「病気を治してくれるところ」なはずが、高齢者に対する治療法の選択肢が少なく、ただ入院しているだけなら、別の病気が併発したとしても、何が何でも家に連れて帰えればよかったと未だに思っています。未だに後悔しています。
父は病院で亡くなりましたが、倒れてから17年に及ぶ在宅での介護生活があり、家族に見守られながらの最期でしたので後悔はありませんでした。
義母も病院で亡くなりました。でも口には出しませんでしたが、実母と同じく「家に帰りたい」と思っていたと思います。帰るということは家族に負担がかかるということでもあります。そのため口に出すことなく逝きました。本当に可哀そうな思いをさせたと思っています。 どこの家庭でも多かれ少なかれそういった悩みを抱えていると思います。
もし自分がその立場だったら、やはり人生の最期は我が家で家族とともに過ごしたいと思います。
在宅で家族が負担にならない看取りができるのなら、これほどよいことはありませんから。
なんか重い! また重い話を書いてしまいました。ごめんなさい。
実家の庭にいろいろな種類の水仙が咲き乱れています。 「水仙が咲いたよ。おいで!」母の声が聞こえます。 「ありがとう!摘んできたよ。 おかあさん」
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母の投稿を読んで……
自分が年を重ねていけば、両親を含め周りの人も年をとっていくわけだから、自然と身近な人の死は多くなるもので、、、、親のこと、自分のこと、だんだんといろんな“覚悟”をしていかなければいけないもの。なのに「うちの親は元気だから大丈夫」「ウチの親が死ぬはずがない」とか、「自分もどこも悪いところないし」なんて思ってしまって(思い込んでしまって)、なかなか向き合うことってできないものですね。
でも、身近なところで不幸があると、「死」ということに真正面から向き合うことになりますね。私も、祖母の死、友人の死、可愛がってきた選手クンのお母さんの死、お世話になった方の死、若い選手クンの死、、、、昨年末から立て続けに大切な人を亡くし、ふっとしたときにいろんなことを考えています。
身内に“万が一”のことが襲ってきたときに、私にどんだけのことをしてあげられるのかな。それをするためには、準備をちゃんとしていかなきゃな……などなど。看病や看護をするには、お金や時間ももちろん必要。そして、愛情もなくちゃできません。私の親友も、離れて暮らす母が病気になって以来、週に一度ですが、病院に見舞って声をかけるとともに、父の話し相手になって帰ってきます。それを近くで見ていて、東京で暮らす私が福島にいる親に、どんだけのことができるのかなって……
最近は、「できるかな?」じゃなくて、「やるんだ!」だと思うようになってきた。自分が小さいとき、どんだけお母さんに手をかけて育ててもらったか、どんだけ愛情持って育ててもらったか、どんだけ自分のためにお金を使ってここまで大きくしてもらったか、どんだけ自分を犠牲にして私にいい思いをさせてくれたか、それを思い出したら何でもできるって思うのです。
“親孝行”って言葉は、なんか安っぽく思えて好きじゃないけれど、親に恩返しをするのは……「今でしょ!」って感じかな! 実際、今、何か親のためにできているのかって言えば、何もできていない……かも……なんですけど…… 情けなっ(;O;)
5月になるとすぐ母の日がやってきます。今年はもちろん、来年も、再来年も、5年後も10年後も20年後も、“母の日”を笑顔で迎えたいので、絶対絶対お母さんには元気でいてほしいです。故郷に帰れば、いつもそこにお母さんはいる…そんな“当たり前”の日々が、ずっとずっと続いてほしいです。
皆さんも、お父さん、お母さんがご健在な方は、大事にしてあげくてださいね!