カテゴリー「ママ記者野球基金」の記事一覧

さぁて、準備万端、出発だ~!!

※ 7月13日(金) 早朝4時前のぶんですっ

硬式新球21ダース、軟球3ダース、ポカリ20箱、その他もろもろ積んだので…一応寝袋もっ(^。^;) 間もなく出発しまーす!! 

 

 

 

 

 

 

 

トランク重いですが、安全運転で参ります(^^) 

まだまだ継続中! 被災地野球少年たちの支援活動!

※ 6月19日(火)ぶんですっ

昨日のスカイツリーに続き、今日も巨大な建物を前にしてます!! 今日はビル! パシフィックセンチュリープレイス丸の内!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“お上りさん”な私は今日も圧倒されてます(^_^;) 

東京駅八重洲南口徒歩3分! こんなスゴイところにOffice持つってスゴイ会社やなぁ。それもあんな広いフロア。ドロドロの河川敷グランドで生息してる私なんかが入ったら受付で止められちゃうかもぉ(>_<)の心配もありましたが、無事入れてよかった(~_~;)笑

昨日で大学選手権も終わったので、今日の午前中はPTA活動!そして午後はこの巨大ビルにOffice構える株式会社マルハンさんを訪ね、ママ記者野球基金への協力御礼と今後についての打ち合わせをさせていただきました。

とっても親身になってくださるマルハンさんに感謝の気持ちでいっぱいです! 担当してくださってる担当の皆さんです!

 

 

 

 

 

 

 

 

また現地の声を聞いて、必要なものを届けたいと思います!! 当初とは必要なものが変わってきています。今は道具ではなく遠征費や部費などが必要という声が多いです。もし、身近に被災地で困っているチームがありましたら教えてください!事情を聞かせていただきたいと思います。

このブログ読者の方からも引き続き寄付をしてくださる方もいらっしゃるので、それも有効に使わせていただきます。

なかなかこのブログで報告ができていないのですが、いろんな少年野球チーム、中学、高校への支援活動は継続して行っています。日々の生活で精一杯で報告ができていないことお詫び申し上げます。今、手伝ってくれているママ友がまとめてくれています!

まだまだ被災地野球少年への支援活動、頑張って参ります!!!

島根・開星高校野球部元監督の野々村さんのトークライブ in TOKYO

6月8日(火) 夜中ぶんでーす!

都市対抗野球 東京第三代表決定戦が行われていた神宮球場から高田場の馬場に移動して、島根・開星高校野球部元監督であり美術教師だった〝野々村直通さん トークライブ in Tokyo〟(白夜書房主催)に行って参りました!! 

遅れていったため、後半しか聴けませんでしたが、野々村さん、最高でした!! 裏表のない人柄、筋がビシっと通っていて、これまで命がけで野球(生徒)指導してきたということが伝わってきます。


って、野々村さんがステキな人だってことは前から知ってたさ~(^^) 

野々村さんとは、あの〝腹切り〟発言で監督を一時降りられた後、奥様の喜代子さんと傷心の九州旅をしていらっしゃる時にお会いしています。私は女神と九州遠征中。あれは、偶然お会いしたのではなく必然…逢うべくして逢えたんだと思いました。いろんなお話を聞かせていただき、野々村さんの話しに引き込まれるとともに、素晴らしい監督には素敵な奥さんがいるもんだなと。野々村さんを応援する方、うちの女神も一緒に、食事をしながら5時間も6時間ぶっ通しで熱く熱く語りました。

あれから2年、野々村夫妻が東京に来る~!!! ということで、都市対抗予選は途中で切り上げてトークライブが行われる高田馬場へ。ライブ後に関係者打ち上げにて感動の再会!! 野々村さんには「おぉ~子連れライターの瀬川さん! お嬢ちゃんは元気か!!」 喜代子さんにも「うわ~お会いしたかったわ~!!! ○○ちゃん大きくなったでしょう!!」って言っていただけて嬉しかった!! そこから関係者の皆さんと指導論に教育論などなど熱く熱く熱く語りました~!! 

目の前には野々村夫妻、その隣りは〝野球部あるある〟の著者である〝菊地選手〟(編集部)、私の左隣りには報知新聞の敏腕・加藤記者、その隣りには川崎北高校→この春から相模原高校野球部監督になられた佐相先生、私の右隣りは…芸能界からあの有名人さん(お名前、書いていいのかなっ) 至福の時でした。ありがとうございました!!

写真は、みんなからサインを求められ野々村さんが著書へサラサラサラ~と筆ペンでサインをし、最後に〝直通〟という印を押すのが妻・喜代子さんのお役目。

 

 

 

 

 

 

 

「しっかり押せよ!」という野々村さんに、「はい」といってしっかり印を押したら… ん? 「あら~逆さまに押しちゃったわ(*゚ー゚)」 上下逆に押したんじゃなくて、彫られてない方で押しちゃった喜代子さん、オチャメすぎ~(*≧∇≦) 野々村さん「おいおい(^。^;)」と言いながらも、失敗してしまったところに自画像を描いてフォロー。助け合う姿、いいなぁと思いました(^.^)

ということで、熱く語りすぎて終電なくなり…高田馬場から走って帰りました~(^。^;)笑

そしてこちらが、野々村さんの著書と、それにいただいたサインです! 素晴らしい!!

南相馬で震災後も産婦人科を診察し続ける先生の話し。

深夜2時20分から1時間やっていた「FNSドキュメンタリー大賞 生まれ来る子供たちのために」感動して泣けました。

内容……原発事故後、多くの住民が避難した福島県相馬市で診察を続けるのは原発から直線距離で23キロの場所にある原町中央産婦人科医の高橋亨平医師(73)。震災後、妊婦はもちろん、風邪をひいたり足腰の痛みを訴える患者まで毎日100人以上を診察している。目に見えない放射能の恐怖に多くの妊婦が南相馬市を離れていく中、高橋医師は「子供が生まれない町に未来はない」と妊婦の被ばく管理や地域の除染活動を先頭に立って進めている。高橋医師ががんを告知されたのは震災から2ヶ月が経ったところだ。直腸で見つかったがんはすでに複数の場所に転移していて余命半年を宣告された。がんに侵されながら放射能と闘う高橋医師の震災から1年を追ったドキュメンタリー

高橋医師、なんて優しい先生なんでしょう、なんて素晴らしい先生なんでしょう。余命半年と言われながら、なぜ、あそこまで人のために頑張れるのでしょう。「いや、期限が区切られているからこそやれるんだ」と高橋医師は言ってました。こういう方が福島を支えてくれています!!同じ福島県人(出身者)として誇りに思います!! 南相馬市からいわき市に避難している妊婦さんが、南相馬市に戻って里帰り出産してることも知りました。高橋医師が先頭になって除染作業をしてきたからこそ南相馬に戻ってこれたんですね! また、「高橋医師が病院をやってててくれたから帰ってこれた」んだそうです。

 

余命半年ということで、この先、先生はどうなってしまうんだろうと心配しながら見ていましたが…今もお元気で診療されているんですね。よかった!! やっぱり神様は見てるんだなぁ。今の南相馬に必要な人だと、わかってるんだなぁ。

福島なまりをいっぱい聞いて、福島のあったかい人々の姿をみて、福島に帰りたくなったぞぉ~!! 故郷のみんなに会いたくなったぞぉ~ バックに流れてたオフコースの「♪生まれ来る子供たちのために」も懐かしいなぁ。中学時代、聞いてたもんな。地元のみんな元気かな。政府の対応には怒りがこみ上げてくるけど、前を向いて頑張ってる(だろう)みんなに会いに帰ろう。父の日も近いし! 

写真は、避難先のいわきから里帰り出産で南相馬市に戻った豊田さん。

 

赤ちゃんの名前は、「震災後、一番の喜びということで〝慶一郎〟」だそうです。みんな、震災を背負って生きています。泣けました。。。

南相馬で赤ちゃんが生まれるということは、復興のシンボルということ。

それにしても、なんでこんないい番組、深夜にやってるんだろう? ゴールデンタイムに放送していただきたい!って思いました。

原発近くの福島県浪江町のことも歌っています…剛のニューアルバム

18日(金) 19日(土)にかけての夜中ぶん~

やばい…涙が……

 

 

 

 

 

 

 

16日リリースの長渕剛 「Stay Alive」 一昨日と昨日はショップに行く時間なく、ようやく本日購入です!!(*≧∇≦) 子供らが寝るまで我慢して、寝てから二階上がって自分の仕事部屋でひっそり聴きました。

〝脱・原発〟そして、その原発によってこれまでの自分たちの生活を奪われてしまった人たちの気持ちを綴った、アルバム5曲目の〝カモメ〟は、いろんなことが思い出され、涙がじわじわ湧いてきました。家にも学校にも帰れなくなってしまった、浪江高校野球部の選手くんたちのことを思い出して、泣けてきちゃった。。。

〝カモメ〟以外の曲も、みなストレートに心に突き刺さってくる詩ばかり。〝覚悟〟〝決意〟そして〝深い愛〟を感じさせてくれるアルバムでした。さすがツヨシ!

ツヨシの曲は、高校卒業後、福島から上京してきて大学時代に付き合ってた人の影響で聴き始めました。以来、ツヨシを…ツヨシに惚れ込む男子と出会うことが多く、いつも私の近くにツヨシの曲がありました。ツヨシの曲の中で、心に響く曲、励まされた曲、勇気づけられた曲、気付かされた曲はいっぱいあるけれど、やっぱり私はこれがいい、〝HOLD YOUR LAST CHANCE〟 

人は皆、弱虫を背負っていきている… 誰かが人生でつまづいたらさしのべる思いやりが欲しい… 人は皆、淋しさを背負って生きている… 曲がりくねった迷路で真実の自分を探すんだ… テーブルに飾られたバラより、野に咲くれんげ草の方がいい… 私の気持ちを代弁してくれています。

今日からツヨシの全国ツアー始まったんだよな~ 初日の今日は横須賀。行けた人、いいなぁ~(≧~≦; ツヨシのよさがわからない鬼夫に「行きたい!」と言ったところで「バカじゃねーの!」って言われておしまいだし、なかなか行けません(*_*) 福島の郡山文化センターで夏にやるのでそれに行きたかったけど、取材の真っ最中で行けないし(≧ε≦)  ま、今日買ったアルバムの初回限定盤についてるDVDで我慢するか~

あ、同じアルバムを2枚買ったのは……海の向こうで頑張ってるあのサウスポーに送るため(^^) お先に聴いちゃったよ~ 来週、サトウのごはんやふりかけ、レトルトカレーなんかと一緒に送るので待っててね(*^。^*) 

本日夜8時半から文化放送をぜひ聴いてください!

お知らせです! 〝双葉高校野球部の青春 2011年夏〟本日夜8時半~1時間、文化放送(1134)、ライオンズナイタースペシャルでオンエアされます!

福島県立双葉高校のことはこれまで何度かこのブログでも書いてきましたが……

甲子園にも出場したことがある県内屈指の名門。あの深い緑のユニホームを着たいという地元の野球少年はとても多いし、昨年も、そうやって入ってきた選手が甲子園を目指して一生懸命練習していました。でも、2011年3月11日2時46分、その瞬間、彼らの夢は、限りなく困難になってしまいました。

学校近くの福島第一原発の事故により、家にも帰れない、学校にも帰れない…。部員の半分は転校を余儀なくされ、残った選手たちも県内の3つの高校に分かれてサテライト生活をすることになり、野球部のメンバーが集まって練習できるのは週末のみ。それも、練習を開始できたのは5月でしたから、夏の大会までもう2ヶ月しかありませんでした。

残った選手のうち10数人がいわき市で避難生活を送り、磐城高校にサテライトしながら、練習は平商の校庭を間借りしてやっていました。平商はうちの実家からすぐ近かったこともあり、何度か野球道具を持って訪問。バカっ話しをしながらも彼らの話を聞いたり励ましたりして夏まで過ごしました。明るく元気にしている一方で、ふっと悲しそうな寂しそうな苦しそうな表情をみせたり、不安を口にしたり……

そんな双葉高校のことを「ラジオで取り上げさせてもらいたいので協力していただけないでしょうか」と文化放送の方から連絡があったのは、昨年の6月だったかな。

私は福島県人として、彼らの気持ちを知る者として「一生懸命やっている彼らをおもしろおかしく取り上げるならやめていただきたい」「一生懸命やっている彼らの邪魔をするような取材ならやめてください」と話しました。実際、選手たちの気持ちも考えずにドカドカ入ってくる取材陣が多くて、彼らは「俺たちは見せ物じゃない」と嫌がっていたし、私も見ていられなかったので…。

「ただ、彼らの気持ちを第一に考えていただき、彼らが前向きになれるようなものになるなら。また、こういう選手たちがいるということを世の中の皆さんに知っていただき、それが彼らのためになるのなら協力させていただきます」と伝えました。

と、担当の関根さん「わかりました」と。

それから監督や選手の承諾をとり、関根さんと一緒に福島に行って監督や選手たちを紹介し、取材がスタートしたのですが……関根さんの紳士な取材姿勢、本当にありがたかった。

関根さんは文化放送主催の何かでプロ選手を表彰するときプレゼンターとして登場するようなとても偉い方なのですが、本当に心暖かく、気持ちのわかる方でした。「彼らの世界に土足で踏み込んでいくような取材はしないであげてほしい」というこっちの願いにちゃんと応えた取材をしてくださいました。

〝双葉高校野球部の青春 2011年夏〟女子マネの中で、たった一人だけチームに残ったセリちゃんが主役の青春ドラマに仕上がっています。これまでも、何度か不定期でオンエアされてきたのですが、本日夜8時30分より1時間、文化放送でオンエア! 私が、彼らについて語った声も入っているようですっ 自分の声を聞くのはちょっと恥ずかしいけど、でも楽しみ。聴ける方はぜひ! ラジオがなくてもパソコンのネットでも聴けるようですよ! コメントの方にリンクしておきますね!

写真は、平商で練習していた双葉高校野球部を訪れたとき。

 

 

 

 

 

 

 

バットや皮手、ストッキング、シャツなどいろんなものを持っていったのですが、一番の争奪戦になったのは、〝野球小僧〟のウチワでした!笑 みんなでジャンケンしながらの奪い合い。もりあがったなぁ~!(^^)

大川小のてっちゃんの話し。てっちゃんも間もなく中学生です!

さきほど、フジテレビの特ダネで、大川小のてっちゃんの特集やってました! 特ダネが1年間ずっと追ってきた男の子。震災で、お母さん、妹、おじいちゃん、そして学校の友達の多くをなくしました。。。何度かこのブログでも書かせていただいています。

小僧と同い年、妹のみなちゃんもうちの女神と同い年、お母さんも私と同じ年。くりくり坊主頭で、うちの小僧にダブるてっちゃん。いつもてっちゃんの特番を見て涙。。。今日も涙。。。

 

 

 

 

 

 


てっちゃん、卒業式に友達の写真を持っていったんだね! 優しい・・・ その卒業式で「未来へ」を歌ったんだ! 私たち母親が「感謝の会」で小僧たちに贈った曲と一緒! まただぶる・・・ その歌聞いてたら涙止まらない・・・

てっちゃんも間もなく中学生! お母さんはいないけど、強く生きています。強く生きる姿が痛々しけど、お母さんが天国で見守ってくれている、そう思ってるから頑張ってるんだと思う。

てっちゃんのお母さん、てっちゃんは頑張ってますよ! 制服姿もかっこいいですよ!! 卒業式で発表した将来の夢。。。それは警察官。立派な警察官になって地域のみんなを守ってくれると思います!

ボーイズ全国大会開幕! いわきボーイズも元気に出場!

ボーイズリーグの全国大会、本日開幕! IN 東京・大田スタジアム

昨年は東日本大震災の影響もあり残念ながら中止になってしまいまい、2年ぶりの開催です! 今年は中学生の部22チーム、中学生の部34チームが参加し、28日まで関東各地の球場にて熱戦が繰り広げられます!

甲子園も熱いですが、こちらも熱いのでぜひ応援をよろしくお願いいたします(*≧∇≦) 

写真は選手宣誓! 足立フェニックスボーイズ(小学生の部・東京都東支部代表)の梅川隼人主将。

震災を乗り越えてボクらは頑張る! そんな気迫が感じられる素晴らしい宣誓でした☆

 

こちらは東北代表、福島のいわきボーイズです!

東日本大震災で大きな被災をおいながら、それを乗り越えての夏春連続全国大会出場です! 私の実家の超地元で、震災以来ずっと支援させていただいてきたチーム。全国大会に出てきてくれて うれて嬉しいよ~(*゚ー゚)涙っ

右肩には、〝がんばっぺいわき〟のワッペン! これも、昨年春、ママ記者野球基金から、お渡しした〝絆〟のワッペンです。いわき市市内の高校を除く、少年野球、中学野球、中学硬式野球、大学野球、社会人野球、全員がつけてくれています! いわきボーイズの選手くんたち、私を見つけるなり「(東京に)来ましたよ!(^.^)」とニンマリ。で、「見て下さい、これ!ちゃんと付けてますよ!」と右肩を見せてくれました(^^) 

そんないわきボーイズ、本日は試合はなく明日、県営大宮球場にて和歌山有田ボーイズと対戦します! こちらもご声援よろしくお願いいたします!!

 

被災地の中学球児が甲子園で始球式!挨拶に感動。。。

甲子園は大会3日目。雨で3試合目はノーゲームになりました。明日の4試合目に組み込まれるそうです☆ 

で、今日は、東日本大震災で被災にあってしまった中学生が、それぞれの試合前に始球式を務めました。1試合目の洲本対鳴門戦では私の地元、福島県いわき市立平第一中の相沢健生クン(13歳/中2)、2試合目の作新学院対倉敷商業戦では宮城県亘理町立荒浜中の安達啓太クン(14歳/中3)、3試合目の高崎対近江戦では、岩手県大船渡市立大船渡中の木下大成クン(14歳/中3)、それぞれ、渾身の球を投げ込みました!! 

平一中の相沢くんは自宅が福島第1原発から10キロ。警戒区域内にあって震災以来、一度も家に帰れていないそうです。いわき市にて避難生活を送りながら平一中で野球を続けています。そんな相沢くんの話しは以前からいわきの知人から聞いていたので、今日のマウンドで立派に始球式を務めることができ感動してしまいました。

写真は3試合目、高崎対近江戦で始球式を務めた大下くん。この大下くんもそうですが、安達くんも相沢くんも、みんな球場の四方に深々と挨拶。3人とも「支援をしてくれた方々にお礼がしたかった」そうです。マウンドで挨拶した後、ダイヤモンドを出るときにも挨拶、ベンチ脇の球場入口のところでも最後にまた挨拶。


あまりにも心のこもったお辞儀をみて涙が出てしまいました。そんなに頭を下げんでいいのよ。。。 あなたたちは十分頑張ってるんだから。。。って。

彼らのもとに、また何か必要なものを届けられるよう、引き続き支援活動をしていこうと、改めて強く思いました。

鹿妻子鹿クラブ、テレビに映ったよ~(*≧∇≦)!!!

昨晩から書いている鹿妻子鹿クラブ、浦和学院のアルプス席でユニホームを着て応援してるところがNHKに映った~(*≧∇≦) 二度も映った~!! (≧▽≦)♪♪ 

 

 

 

 

 

 

 

作ってきた横断幕「お兄ちゃんがんばって」も映った~☆^^☆ 

 

 

 

 

 

 


上の写真の左から2番目の子、キャプテンの蓮くんっぽい! 私が道具を運んでいったとき、代表で受け取ってくれた男の子! 小学6年生で、ウチの小僧と同じ年なのに、とてもしっかりしていたのにもびっくりしたし、小僧と同じ年なのにお母さんの年齢が私より10歳以上も若かったことに驚いた(笑)

津波で家も野球道具も流されてしまったあの日から1年と10日たった今日、まさか甲子園のスタンドにいるとは想像もできなかっただろうな。この1年、辛いことはたくさんあっただろうけど、こんなふうに楽しいこともある。だからこれからも、前を向いて歩いていってほしいです。鹿妻子鹿クラブのみんなが5~6年後、選手として甲子園に戻ってくることを、楽しみにしているぞ!! 

そして浦和学院は、ちびっ子応援団の声援を受け、センバツでは9年ぶりに初戦突破!! これで次は、三重高vs浦和学院という同宿対決になっちゃいました(^^;;) 大会6日目までずっと同宿ってやりにくいですね~(^。^;)